その代表的作品の「風立ちぬ」(1937年、彼が32歳のときの作品)の内容は、読んだことがあると思うが、あまりよく覚えていない。
●富士見高原療養所
文学の素養にも秀でた初代院長・正木俊二(筆名:正木不如丘)の交友関係から、堀辰雄以外にも、竹久夢二・横溝正史らの文人もここで療養生活を送った。
また、当時の結核療養の状況を背景とする、患者や看護婦らの恋愛模様を描いた原作に基づく映画撮影の舞台としても用いられ、その悲恋物語が人々の涙を誘うヒット作品となった。
1934年から翌年にかけ、日本じゅうで大ヒットを記録した『月よりの使者』(無声映画、写真)は、美しい看護婦(入江たか子)に想いを寄せる入所患者(高田稔)が、絶望のすえに自殺してしまうという悲恋物語だが、この映画のヒットによる素地があったからこそ、1936年から連載がスタートする堀辰雄の『風立ちぬ』が、ことさら世間の注目を集めた感があるのは否めない。
倍賞千恵子/月よりの使者(1934年)
この流れは翌1937年から連載がはじまる「看護婦もの」小説のきわめつけ、川口松太郎の『愛染かつら』の大ヒットへとつながっていく。
霧島昇&ミス・コロンビア/映画愛染かつら主題曲「旅の夜風」(1938年)
当時サナトリウムは、結核治療用の施設を意味していたが、最近はその治癒率が高まり、精神疾患や認知症、脳卒中の後遺症など他の病気を含め、長期的な療養を必要とする人のための療養所のことを言うそうだ。
その「富士見高原療養所」は、現在老朽化のため解体され、「厚生連富士見高原病院」(写真)という新病棟になり、運営は長野県の農業協同組合連合会(JA)が行なっている。
戦後、食生活の大幅な改善と、抗生物質の普及や予防接種の実施による肺結核の激減で、同療養所はその役目を終えた。
●結核とは
結核については、たまたま2月17日号朝日新聞土曜版be「今さら聞けない 結核 今も国内で年1万8000人発症」という記事があったので、おさらいをしてみよう。
昔は「死の病」と恐れられた結核。治る病気になりましたが、今でも国内では年間約1万8千人が発症し、2千人近くが亡くなります。ほかの先進国と比較して発症者は多いのが現状です。
結核は「結核菌」という1~4マイクロメートル(マイクロは百万分の1)の細長い細菌による感染症です。2016年に国内で結核を発症した報告患者数は1万7625人。3分の2は65歳以上で高齢者に多く、性別では男性が6割を占めます。地域別では大都市やその周辺部で多く、西日本の方が発症率が高い傾向があります。
戦後の1950年までは年間10万人以上が結核で亡くなりました。発症者も年間で50万人以上いましたが、結核予防法(当時)の改定や治療薬の普及などで発症者数は毎年1割ほどのペースで減少。しかし、80年代に入ると減り方が鈍くなりました。結核が流行していた若い時に感染した世代が高齢になり、免疫の低下で発症することなどが影響しています。
国内患者の8割は肺結核です。結核菌が肺で増殖し、炎症を起こします。最初は風邪のような症状で、せきやたん、発熱が長引くのが特徴です。重症化すると血の混じるたんが出たり、血を吐いたりし、呼吸困難で亡くなることもあります。発症した人のせきやくしゃみに含まれる結核菌が空気中を漂い、これをほかの人が吸い込んで体内に定着して感染します。
ただ感染した人が必ず発症するわけではありません。発症リスクは1~3割といわれ、それ以外の人は感染しているけど発症しない「潜在性結核感染症」です。結核予防会結核研究所(東京都)の御手洗(みたらい)聡・抗酸菌部長は「発症しなければ、ほかの人にはうつりません」と話します。また発症する場合は2年以内が大半ですが、数十年たって発症する人もいます。
治療は、最初に4種類の抗結核薬を、その後に減らして2種類を毎日服用するのが一般的です。ほかの人にうつす可能性が高い期間は入院して治療します。半年ほどきちんと飲み続けるとほぼ治ります。ただ勝手に薬をやめたり、医師の指示通りに飲まなかったりすると、かえって治療が長引き、結核菌が耐性を獲得して薬が効かなくなるおそれもあります…。
御手洗さんは「結核は誰がなってもおかしくないので、2週間以上せきや微熱が続く人は病院へ行ってください」と呼びかけています。
●小説「風立ちぬ」
ところで、「風立ちぬ」は、サナトリウムにおける末期患者を主人公にしたものである。
美しい自然に囲まれた高原の風景の中で、結核に冒されている婚約者に付き添う「私」が、やがてくる愛する者の死を覚悟し見つめながら、2人の限られた日々を「生」を強く意識して共に生きる物語。堀自身も結核で長い病床生活を送り、病死している。
なお、「風立ちぬ」の意味だが、「ぬ」は過去・完了の助動詞で、「風が立った」の意である。「いざ生きめやも」の「め・やも」は、未来推量・意志の助動詞の「む」の已然形「め」と、反語の「やも」を繋げた「生きようか、いやそんなことはない」の意であるが、「いざ」は、「さあ」という意の強い語感で「め」に係り、「生きようじゃないか」という意が同時に含まれている。ヴァレリーの詩の直訳である「生きることを試みなければならない」という意志的なものと、その後に襲ってくる不安な状況を予覚したものが一体となっている。また、過去から吹いてきた風が今ここに到達し起きたという時間的・空間的広がりを表し、生きようとする覚悟と不安がうまれた瞬間をとらえている。(Wikipedia 参照)
そして、「風立ちぬ」の読後感であるが、正直なところあまり印象に残らない作品だった。自分が最近はほとんど小説に興味がないせいかも知れないが、暗い話だけに読後の高揚感がない。彼女が亡くなるときの状況が述べられていないので、いつの間にか死が通り過ぎた感じで、拍子抜けしてしまった。-小説に感動を求めすぎているのだろうか。
この「風立ちぬ」の名前は、歌と映画で復活した。
●松田聖子「風立ちぬ」
これは、松田聖子の中で、自分が一番好きな曲だ。
曲が誕生したいきさつはこうだ。
CBSソニーの若松宗雄ディレクターが大好きだった、堀辰雄の小説『風立ちぬ』を題材とした曲を企画。
繊細な陰のある作品を目指したが、意図に反して大瀧によって完成した曲は「ものすごいゴージャスな大作」になってしまったという。歌詞を見ても、どこが堀辰雄の小説と絡んでいるのかと思うほどだ。
<歌詞>
風立ちぬ 今は 秋 今日から 私は 心の旅人 涙顔 見せたくなくて すみれ・ひまわり・ フリージア 高原の テラスで手紙 風のインクで したためています SAYONORA SAYONARA SAYONARA
振り向けば 色づく草原 一人で生きてゆけそうね 首に巻く 赤いバンダナ もう泣くなよと あなたがくれた SAYONORA SAYONARA SAYONARA
風立ちぬ 今は 秋 帰りたい 帰れない あなたの胸に 風立ちぬ 今は 秋 今日から私は 心の旅人 性格は 明るいはずよ すみれ・ひまわり・フリージア 心配はしないでほしい 別れはひとつの旅立ちだから
しかし、あの松田聖子が当初「難しくて歌えない」ともらしたこの曲。彼女は「いい曲だが、自分には向いていない」と言って、なかなかボーカルダビングが行われなかったそうだ。幾度かのトライの後「歌えました」と嬉しそうに大瀧詠一に報告したという。
それまでアイドルらしく明るいポップな曲調や詞の歌が多かった彼女が失恋のバラードに挑戦。「ブリッ子」などと言われて男性中心だったファン層を、この曲で女性まで広げた。
また、デビュー初期の曲は、三浦徳子の作詞、小田裕一郎の作曲が主だったが、6枚目シングル「白いパラソル」以降、作詞家の松本隆が松田聖子の24曲連続オリコン1位中17曲を手掛けるなど、阿久悠に代わり歌謡界で一時代を築き上げた。
松田聖子/風立ちぬ(1981年)
●映画「風立ちぬ」
そのため映画のポスターには両名の名を挙げており、2012年に公表された版では「堀越二郎と堀辰雄に敬意を表して」、翌年公表された版では「堀越二郎と堀辰雄に敬意を込めて」と記されている。
卒業後、飛行機の開発会社に就職するが、飛行機開発において初の挫折を経験し意気消沈した二郎は避暑地のホテルで休養を取り、そこで思いかけずに菜穂子と再会する。元気を取り戻した二郎は菜穂子との仲を急速に深めて結婚を申し込む。菜穂子は自分が結核であることを告白したが、二郎は病気が治るまで待つことを約束して二人は婚約する。
しかし菜穂子は日増しに弱っていき、試験飛行が行われる日の朝、菜穂子は二郎を見送ると、置き手紙を残して密やかに二郎の元を去って行った。二人の面倒を見ていた上司の妻は、菜穂子は自分の美しい姿だけを二郎に見てもらいたかったのだろうと察する。同じ頃、飛行場で試験飛行の成功を目にしていた二郎も、何かの虫のしらせを感じてハッとする。
やがて年月が流れて日本は焦土となる。二郎は彼の飛行機は一機も戻ることはなかったと打ちひしがれる。しかし同じ夢の中で再会した菜穂子から「生きて」と語りかけられると、二郎は涙を流して何度もうなずき、感極まりながら「ありがとう、ありがとう」と繰り返す…。
「風立ちぬ」は、飛行機がテーマだが、実は鉄道のシーンがとても多い映画で、路線毎のその時代の風景や車両が忠実に描かれている。
富士見高原病院へのシーンの遠景に、旧立場川橋梁が描かれている。登場人物菜穂子の入院先の病院の最寄り駅に近い橋梁であり、同作品に描かれている
そして、「碓氷第三橋梁」(写真)は、群馬県安中市松井田町坂本にある鉄道橋。一般には「めがね橋」という名称で知られている。JR 横川駅よりJRバス関東(碓氷旧道めがね橋経由)軽井沢駅行き約13分・「めがね橋」バス停下車。
両者とも、廃止された鉄道遺産である。
映画「風立ちぬ」主題歌/松任谷由実「ひこうき雲」
(Wikipedia 参照)