ナンシー・シナトラは、母の名をとってナンシーと名付けられた。
1957年(17歳)に初めて父親とテレビに登場し、1960年にゲストのプレスリーとともに父の番組でプロ歌手としてデビュー。
元々歌唱力はあったが、当初ヒット曲に恵まれなかった。次は日本で「フルーツ路線」と呼ばれていた曲の一つ。アメリカでは売れなかった。
イチゴの片思い(Tonight You Belong To Me)(1963年)
レモンのキッス(Like I Do)(1962年)
それが、プロデューサーに、リー・ヘイゼルウッド(2007年、78歳で没)、アレンジにビリー・ストレンジと人を得て、1966年、「にくい貴方」(These Boots are Made For Walkin')が大ヒット。ヒット曲が続き、1960年代中期はアメリカで最も人気のあるセクシー・アイドル歌手として活躍した。
まずは、全米No.1に輝いた大ヒット曲から。
にくい貴方(These Boots Are Made for Walkin')(1966年)
ナンシー・シナトラのヒットの立役者、リー・ヘイゼルウッドとのデュエット曲を。バン・バン(Bang Bang)(1966年)
シュガータウンは恋の町(Sugar Town)(1967年)
サマー・ワイン(Summer Wine)(1967年)
ジャクソン(Jackson)(1967年)
映画「007は二度死ぬ」(You Only Live Twice)主題曲(1967年)
親子デュエット。
恋のひとこと(Somethin' Stupid )(1967年)
最後はこの曲。親の七光りではなく、歌唱力あるよね。
この世の果てに(The End Of The World)(1970年)