出会いがあれば必ず別れがあることは分かっている。長い人生を歩んでいるので、これまで十分過ぎるほどその悲哀を味わってきた。
上図の通り、50歳以降6社転職し、人生後半の会社人生は正に波瀾万丈だった。
それが、60歳に定年を終えた後、友人の紹介で間髪を入れず今の会社(F社)に入り、7年8カ月勤めることが出来た。50歳以降としては最長不倒記録の長さだ。
昨年末退職して1週間経った。正月だというのに気が沈み、まだその余韻から抜け出していない。
現在67歳と9カ月。3月に68歳になる。65歳まで働ければ良しとせねばならない時代、退職の年齢に不足はないはずだ。
それが、なぜいつまでもこんなに未練がましいのだろうか。
一つは、退職時期の予想が狂ったことだ。後進に道を譲るのに後1年のストーリーを考えていた。部署を異動して退職日までが8カ月という短期間でクビになるとは思っていなかった。不覚というか油断していた。
自分は60歳を過ぎて特に年齢に鈍感になっていた。歳を取れば取るほど人生を長く生きてきたことのメリットを強く感じていた。たくさんの人と会ってきたこと、たくさんの失敗は決して無駄ではなかった。これは若い人には不可能だ。
会社に必要な人材だと勘違いしていたのだ。
マルティン・ブーバーが言った「はじめることを忘れなければ、人は老いない」という言葉が好きだ。しかし、心の若さを保つのに努力をしてきたつもりだ。
しかし、会社人生は経営者ではない限り年齢が重要な要素となる。残念だ。
二つ目は、会社と、会社のある八王子で出来た友人たちとの別れが辛いことだ。自宅と八王子は1時間以上かかり、もうそんなに行けるところではない。この期間に多くの友人と信頼出来る社員を得た。自分が採用に係わった今でも在籍の正社員は過半数に及ぶ。
この会社の人生と、自分のブログの歴史はほとんど重なる。仕事のこともブログに載せている。少し振り返ってみた。
●2009年4月21日。前の会社を定年退職した次の日に入社した。(第25話:再就職先の初日)
●入社して3か月後、いずれも会社は違うが再就職支援会社で「キャリアカウンセラー」をしている元会社の同僚3人と、昼間から東京・新宿で飲んだ。(友人の命)
失業中は彼らに相談したり、お世話になった。3人のうちの二人は既に鬼籍に入っている。特にこの会社を紹介してくれた友人は2014年5月13日にすい臓がんで亡くなった。自分だけ幸せになっていることに申し訳なさを感じている。(友人の死)
私は定年後の再就職としては最も成功した部類に入るであろう。それは強く自覚している。
友人の一人はそのとき、それを「縁」といっていたが、本当に「運」が良かった。
●小さい会社で制度が未熟ということで、これを構築する業務を任されて入社した。
まずは制度を構築するための目的についてを社員を集めて説明した。(第128話:近況報告2)
1.会社のルールを公開し、その公正な運営を図ることで社員のモチベーション(やる気)を高める
2.ムリムダムラを無くし、業務の効率化を図る
3.企業の社会的責任を果たすため、コンプライアンス(法令遵守)経営を目指す
2.ムリムダムラを無くし、業務の効率化を図る
3.企業の社会的責任を果たすため、コンプライアンス(法令遵守)経営を目指す
今の会社は最初はこんな印象だった。「人間関係が希薄で、黙々と働くだけの会社」(会社の親睦会)
●思い入れが強かった。すでに20年前に亡くなった私淑する社長の言葉「従業員にとって良い会社とは、小さくても良い会社、明日も出勤しようと思える会社、行けば何かが得られる会社、希望の持てる会社」を目指した。
どんな実績があったかについて、考えても見た。ー大きなトラブル・クレーム解決、制度改革と運営、採用、経費削減、地域貢献…。
一番うれしいのは、地域の人たちと交流を深めたことだ。会社は住宅街にある。住民とのトラブルが起きやすい職種でもある。大きなトラブルも尾を引かず、会社人生を終えたことは幸いだった。
●今年の10月14日、駐車場で会社主催のパーティを行った。実行委員会を立ち上げ、今年のメイン・イベントを考えた結果は10月にちなんだ「ハロウィン仮装大会」。
自分も仮装した。この写真を今年の年賀状に加えた。(写真)
これが最後の行事主催となった。
そして、忘年会と最後の日の「お別れ会」では退職のあいさつをした。
この2ヶ月、そのとき何を話そうか悩みに悩んだが、ありきたりの話に終わった。自分としては物足りないあいさつだった。
ただ、最後にこれだけは話した。
「誰からも褒めてくれなくても、これまでよくやった、精一杯やった。有森裕子には遠く及ばないが、『自分を褒めてやりたい』と思っている」
「これが終わったら行きつけの店に行き『お前はよく頑張ったよな~』と自らを慰め、涙を流しながら一人でグラスを撫でたい」
う~ん、少しでも会社は変わったのだろうか。今後のことも心配だが、でももう見守るしかない。
そして、早く自分のことに気持ちを切り替えないといけない。
仕事を辞めれば「下流老人」に陥る可能性が高い。趣味の少ない人間が仕事を辞めた後の悲劇も容易に想像できる。ー「濡れ落ち葉」、「粗大ごみ」。アルコール依存症になる老人も多いという。
当たり前のことだが、再就職のハードルは人生史上最も高い。でも、きっと自分の経験とスキルを必要としている会社が、日本のどこかにあると夢を抱いている。まだ気力は充実している。
「肉体的な老化はあっても、精神的な老化はその人の心の持ち方次第」だと思う。
「野球だってサッカーだって、後半戦の方が断然エキサイティングでおもしろい。人生だって同じだと思う」という考え方に賛成だ。(いつまで働き続けるか)
今年は2月に引っ越しもある。うかうかしていられない。
水戸黄門主題歌/あゝ人生に涙あり(1969年)