最新ニュースで、共同通信社が7月17・18両日に実施した全国電話世論調査によると、内閣支持率は37.7%で、前回6月の47.4%から9.7ポイント急落した。不支持率は51.6%(前回43・0%)と過半数に達し、2012年12月発足の第2次安倍政権以降で初めて支持と不支持が逆転したという。
与党が16日の衆院本会議で、多くの野党が退席や欠席する中、安全保障関連法案を採決し、可決したことに「よくなかった」との回答が73.3%を占めた。「よかった」は21.4%だった。
安保法案の今国会成立に反対が68.2%で前回から5.1ポイント増えた。賛成は24.6%だった。
なぜ安倍首相は、自ら「国民の理解が進んでいない」と認めながら国民の理解は置き去りにされ、批判の多い「戦争法案」こと「安全保障関連法案」の早期成立にこだわるのだろうか。
それは、米議会で今夏までの成立を公約したことや、来年の参院選への影響などが挙げられるが、祖父である岸信介(1987年、90歳で没)の影を引きずっていることは間違いない。
「『自ら省みてなおくんば』という信念と確信があれば、しっかりその政策を前に進めていく必要がある」。首相は採決直前の特別委審議で、孟子の一節を引いて心境を語った。
いくら反対が強くても、正しいと信じるなら私は進む-。その胸中に、激しい抗議行動(図は、国会を取り囲んだデモ隊)の中で1960年に日米安保条約改定を実現した祖父、岸信介元首相の姿があった。今は批判を浴びても、いずれ歴史が正当性を証明してくれるという自信。
「首相は岸氏を見て育った。『俺だって』という気持ちが支えになっている」。自民党三役経験者は、世論の反発を押して安保法案成立に突き進む首相の姿をこう読む。
奇しくも特別委員会の採決は7月15日。55年前の日米安保条約改定で、デモ隊の怒号の中、岸内閣が総辞職した日だった。
官邸の外は夜になっても「戦争法案反対」のデモ隊の声が響いた。
そのとき、首相は東京・赤坂のそば店で、読売新聞グループ本社の老川祥一取締役最高顧問(73歳、写真)らと向き合っていたというから、この国はもう、どうかしている。
しかし、新国立競技場問題が市民の声により急転直下、白紙見直しになったことで、いずれも国民の反対が多い、「原発再稼働」、「辺野古移転」と「安保関連法案」の阻止運動の盛り上げに一層拍車をかけることになった。(図参照)
「新国立に対する反対の声だけが聞こえて、目の前で訴えているこっちの声は聞こえないとは言わせない」。17日夜、安保関連法案に反対する国会前デモに訪れた会社員は語った。法案は衆院を通過したが、国会周辺には夕方ごろから人々が続々と集まった。「方針が打ち出されても市民の声によって撤回することができると、安倍首相が自分で言ってくれたようなもの。法案も撤回してと言いたい」
自宅が福島県浪江町の帰還困難区域にあり、県内に避難している人は、五輪招致の演説で大量流出が続いていた福島第一原発の汚染水問題を「コントロールされている」と言い切った安倍首相を思い出していた。「民意によって見直しをするなら、原発再稼働も国民の意見に従うべきだ」
沖縄県名護市辺野古。金物店を営む人はテレビで新国立競技場の建設計画の見直しを知った。米軍普天間飛行場の移設問題では、各種選挙で移設反対派が勝っても、政権は譲らない。「安倍政権が基地問題で民意に耳を傾けることはないと思う。最後は司法の場。それまではあきらめない」
政治評論家の有馬晴海さんは「新国立の白紙撤回は評価したいが、本当の意味で国民の声を聞いたわけではない。安保法案の強行採決による内閣支持率の下落幅を小さくするのが狙いで、反対の声が多い他の問題でも同じ対応をするとは考えにくい」と語った。
「安倍首相は祖父の顔に泥 自民OBが披歴した岸信介の“信念” 」(日刊ゲンダイ7月18日号)
多くの国民の反対を押し切り「強行採決」された安保法案が16日の衆院本会議で自民・公明両党の賛成で可決された。
本会議開会と同時刻の午後1時、衆院議員の亀井静香氏をはじめ、山崎拓・元自民党副総裁ら自民党有力OBが衆院議員会館内でそろって会見。元内閣官房副長官補の柳澤協二氏らも駆けつけ、かつての政権内の“秘話”を披歴し、今の安倍政権のやり方を真っ向から批判した。(写真、右は岸信介氏)
藤井裕久・元財務相(83歳、写真)は、大蔵官僚時代に仕えた岸内閣時代の秘話をこう打ち明けた。
「1957年に岸内閣が発足した後、私は椎名悦三郎官房長官の下で“下っ端”として汗を流していた。岸総理は当時、『俺が取り組んでいる日米安保改定は、世間では集団的自衛権の行使だといわれるが、それは違う。海外派兵は憲法で禁じられているからだ』と明確に言っておられました」
あたかも安倍首相は祖父の「やり残した」集団的自衛権行使を実現するため、安保法案に邁進しているように見えるが、藤井氏の発言が事実なら、それは大きな勘違い。岸氏は「やり残した」のではなく、あえて「やらなかった」のだ。祖父が戒めんとした「憲法9条」の禁を犯せば、心酔してやまない祖父の顔に泥を塗るようなものだ。「岸総理は論理的な考えの持ち主でしたが、お孫さんの安倍さんはどうも非論理的である上、非常識であると言わざるを得ない」(藤井裕久氏)
■自衛官の家族から心配の電話が
70年から40年間、防衛官僚だった柳澤協二氏(68歳、写真)は、山崎氏が防衛庁長官だった89年当時のエピソードをこう話した。
「あの頃の防衛庁の広報課には制服組の武官も何人か所属していました。彼らは『日本で一番、戦争をしたくないと考えているのは、実は俺たちなんだ』と言っていた。戦争をよく理解している彼らが、そう危惧するのは当然のことです」
一方、亀井静香氏(78歳、写真)のもとにはここ最近、自衛官の家族からひっきりなしに電話がかかってくるという。
「家族の方たちは『こんなハズじゃなかった』と心配しています。自衛官は、国のために命を捨てる覚悟を持っているでしょうが、外国で戦うことになるとは想定していません。海外で殉職者が出たら、安倍さんはどう対処するのか」
安倍首相は「自衛官のリスクは増えない」と強弁していたが、彼らを目の前にして同じことが言えるのか。
会見が質疑応答になると、元新聞記者で政治評論家の中村慶一郎氏(81歳、写真)が発言。安保法案を巡るマスコミの姿勢をこう断じた。
「60年に岸内閣が新安保条約案を強行採決した時は、各新聞社が『共同社説』を1面に書いていた。それが岸首相を退陣に追い込んだのです。今の言論、マスコミは腰が引けている」
会見終了後、亀井氏は日刊ゲンダイに「時間が経過すれば、国民は今の“怒り”を忘れ去ってしまう恐れがある。マスコミももっと頑張らなくてはいけない」と語っていた。
自民党や自衛隊のOBからも批判が渦巻く戦争法案。議論が「出尽くした」とはとても言いがたい。
安全保障関連法案の国会成立は9月中を目指しているそうだが、これから一波乱も二波乱もありそうだ。