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加瀬邦彦逝く

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イメージ 1 前作、加山雄三とザ・ヤンチャーズで少し触れたが、加山雄三(現在78歳)と60年来の盟友だった加瀬邦彦(写真)が4月20日に亡くなった。享年74歳、自殺というのはいかにも痛々しい。
 
イメージ 2イメージ 3 沢田研二(現在66歳、写真左)とも親交が深く、安井かずみ(1994年、55歳で没、写真右)作詞による、あなたへの愛、「危険なふたり」、「胸いっぱいの悲しみ」、「恋は邪魔もの」、「追憶」などのヒット曲は全て彼の作曲である。
 
イメージ 4 かつて彼女の夫だった、元フォークルの加藤和彦(2009年、62歳で没、写真)も自殺しており、何か因縁めいたものを感じる。
 ところで、声が商売道具の芸能人で、のどにがんを発症するケースが後を絶たない。その治療によっては、明暗も分かれかねない。
 
 歌手や芸人などによくみられるのが咽頭がん喉頭がん。すべてのがんの中で5%を占めるという喉のがんだ。
 
イメージ 7 2009年、58歳で死亡したロック歌手、忌野清志郎(写真)喉頭がんだった。歌手の命でもある声帯の切除を回避し、化学療法などで一度は克服したが転移は防げなかった。
 
イメージ 8 しゃべりのプロである落語家、立川談志(2011年没、75歳、)も喉頭がんを発症。彼も声帯の摘出は拒否し、放射線治療などを受けていた。
 
 やはり落語家の林家木久扇(現在77歳)も初期の喉頭がんだ。声を守るため、手術はせずに放射線治療を続けている。
 
イメージ 9 衝撃的な告白としたのはロック歌手、つんく♂(現在46歳、写真)。今月4日、母校である近畿大学の入学式で、咽頭がんの治療のため、声帯を切除したことを明らかにした。
 

 大相撲で一時代を築いた元横綱、輪島大士(現在67歳)は2013年、下咽頭がの切除手術を受け、声を失っている。現在は筆談などでトークショーにも登場している。

 「声の酷使が原因ではなく、喫煙飲酒のほうがリスクが大きい」と医療関係者は指摘する。しかし「初期であれば、放射線治療は効果的だが、ステージが進むと切除も検討しなければならない。職業柄、芸能人は声帯の切除を拒否するケースが多く、判断が一番難しい」(4/24:夕刊フジ)


 加瀬さんは昨年2月に下咽頭がんを発症。“恩師”の加山雄三の助言で同3月に声帯を切除したそうだ。ミュージシャンにとっての命である声を捨て、苦渋の選択で『延命』を優先させた。
 
 それが、自殺の引き金になった可能性もある。
 
 これは決して他人事ではない。警察庁の統計によると、2014年の自殺者は2万5427人で、70歳以上が約24%を占める。4人に1人の割合だ。うち約71%が「健康問題」を動機に挙げている。
 
 年老いて病を患えば誰だって、いつかは「延命」か否かの選択を迫られる時がやってくる。その「いつか」がいつくるのかは誰にも分からない。
 
 「家族や周りの人の希望で延命治療を受けることが、必ずしも患者本人の『人生の質』を高めるわけではありません。15日に亡くなった愛川欽也のように、自分らしく生きることを優先し、延命治療を拒否する選択肢もあるのではないでしょうか。
 
 個人の死生観の問題ですが、薄い意識の中で生かされるような状態をよしとしないのなら、その意思を周囲にあらかじめ伝えておいた方がいいでしょう」(4/24:日刊ゲンダイ)
 
 なお、ワイルドワンズメンバー4人全員ががんに罹患加瀬は当初食道がん鳥塚しげき胃がん植田芳暁大腸がん島英二胃がんだったが、全員克服。冗談交じりに「ワイルドガンズ」と名乗ることもあったそうだ。

 
イメージ 6 加瀬邦彦が、キャノンボールザ・スパイダース寺内タケシとブルージーンズを経て平凡パンチに募集記事を載せ、メンバーを集め結成された「ザ・ワイルドワンズ」
 
 写真前列左より、鳥塚しげき(現在68歳)、渡辺茂樹(1968年に加入、2014年、63歳で没)、後列左より、島英二(現在67歳)、加瀬邦彦植田芳暁(現在67歳)。
 
 なお、渡辺茂樹は再結成時は仕事の都合で参加を辞退している。
 
 いわゆる「湘南サウンド」のハシリ、ザ・ワイルドワンズというグループ名の由来は慶應義塾大学の先輩で親交の深い加山雄三星占いにより、『野生児』という意味を込め命名したという。
 
 1966年、50万枚の大ヒットとなり、GSサウンドの歴史に残る名曲となった想い出の渚でデビュー。この曲は、我々「団塊の世代」のカラオケ定番曲。もちろん、自分も歌う。
 

ザ・ワイルドワンズ/想い出の渚(1966)
 

イメージ 5 曲は、2007の同名映画想い出の渚の主題歌として使われ、石橋保(現在40歳、写真によってカヴァー(下左映像)、さらにMi-Ke1991年にアルバム「想い出のG.S.九十九里浜」でカヴァーした。(下右映像)https://youtu.be/2jf5qfZTrrw
 

 ザ・ワイルドワンズは、1971年
秋に神田共立講堂での公演にて一旦解散したが、19811“さよなら日劇ウエスタン・カーニバル”にメンバー5人が勢揃いし出演したのがきっかけで再結成話が持ち上がり、仕事の都合で参加を見送った渡辺茂樹を除く、オリジナルメンバー4人で「加瀬邦彦とザ・ワイルドワンズ」として本格的な再結成に踏み切った。
 
加瀬邦彦&ザ・ワイルドワンズ/青空のある限り 愛するアニタ
 

 加瀬は、ケネディハウス銀座」のオーナーや、1994年、加山雄三を慕うワイルドワンズのメンバーらにより結成された加山雄三&ハイパーランチャーズ」のプロデューサーとしても活躍した。
 
加山雄三&ハイパーランチャーズ/加山雄三ヒットメドレー
(蒼い星くず、夜空を仰いで、お嫁においで、ブラックサンド・ビーチ、夜空の星)
 

 そして、ジュリー(沢田研二)との関係。
 
 上述の通り、作詞家の安井かずみと組んでこんな大ヒット曲を飛ばした。
 
沢田研二/危険なふたり(1973年)TOKIO(1980年)
 


 2009GS時代からの盟友である沢田研二を迎え入れ「ジュリー with ザ・ワイルドワンズ」としての活動を発表、オリコン1位獲得を目標に2010に新曲「渚でシャララ」を発売した(実際にはオリコン24位)。又、発売に先駆けTBSひるおび!20101月期エンディング曲として公開された。
 
 2011年にはジュリー with ザ・ワイルドワンズとしてミュージック・ペンクラブ音楽賞ポピュラー部門の録音・録画作品(日本人アーティスト)、コンサートパフォーマンス(日本人アーティスト)の2項目で受賞を果たす(この部門での2項目同時受賞は2007年の上原ひろみ以来2人目)。
 

ジュリーwithザ・ワイルドワンズ/危険な二人
 

 生涯で作曲した曲は700曲以上。体調が優れず、精神的に不安定になっていたというが、何が加瀬さんに自死を選ばせたのだろうか。
 
 なお、グループは来年デビュー50周年を迎えるが、植田は「いつまでも下を向いてはいられない。加瀬さんはワイルドワンズのヒット曲をたくさん残してくれたので、それを継承して、次のステップに進んでいきたい」と、3人でワイルドワンズを続けることを宣言したという。

 Wikipedia参照
 

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