「家財道具」の歌、「家具」、「器具」と来て、最後は「衣料」編を。
まずは、戦前の着ているものについての歌を。
昔の服装
榎本健一・藤山一郎/洒落男
○モゴのいでたちは、山高帽子・ロイド眼鏡・セーラーパンツ・細身のステッキなど。
歌中の「シャッポ」はフランス語の「chapeau」から来た外来語で、帽子のこと。「ロイド眼鏡」は、アメリカの俳優ハロルド・ロイドが映画の中でかけたところから流行った、太縁の円形眼鏡。「セーラーのズボン」は、水夫服(セーラー服)を模したズボンで、裾が広くなっているのが特徴。「ボッブヘアー」は、顔側にカールした髪型で、モガの典型的なヘアスタイル。
○モガの服装は洋服で、スカート丈はひざ下、ミディアム~ロング。アッパッパなどが有名。その他、クロッシェ(釣鐘型の帽子)・ショートカット(「結い髪でなく断髪」の意)・引眉・ルージュや頬紅などが特徴的。パーマネント・マニキュアなどは昭和に入ってからの流行となる。
高峰秀子/銀座カンカン娘 (1949年)
○戦後の大ヒット映画「銀座カンカン娘」(1949年)の同名の主題歌。
冒頭の歌詞に、「あの娘可愛いや カンカン娘 赤いブラウス サンダルはいて誰を待つやら 銀座の街角 時計ながめて そわそわにやにや これが銀座の カンカン娘
なお、「カンカン」とは映画監督・山本嘉次郎の造語であり、当時の売春婦の別称「パンパンガール」に対して「カンカンに怒っている」という意味が込められている。説によると、高峰秀子が「カンカン娘ってどういう意味なんですか?」と作曲の服部良一、作詞の佐伯孝夫に尋ねたところ、二人とも知らなかったという。(Wikipedia参照)
セーラー服
伊東ゆかり/ネイビー・ブルー
また、その頃日本で採り入れられ、使用され続けてきたセーラー服タイプの女子学生の制服は、コスプレ文化と共に"Sailor fuku"の名で世界中に広がっている。(Wikipedia参照)
薬師丸ひろ子/セーラー服と機関銃(1981年)
おニャン子クラブ/セーラー服を脱がさないで(1985年)
着物
デューク・エイセス/女ひとり(1966年)
(1)京都 大原 三千院 恋に疲れた 女が一人 結城に塩瀬の 素描の帯が 池の水面に 揺れていた 京都 大原 三千院 恋に疲れた 女が一人
(2) 京都 栂尾 高山寺 恋に疲れた 女が一人大島紬に つづれの帯が影を落とした 石畳 京都 栂尾 高山寺 恋に疲れた 女が一人
(3)京都 嵐山 大覚寺 恋に疲れた 女が一人 塩沢がすりに 名古屋帯 耳を澄ませば 滝の音 京都 嵐山 大覚寺 恋に疲れた 女が一人
茨城県結城市一帯で織られる結城紬、鹿児島県奄美大島や鹿児島市で作られる大島紬、新潟県南魚沼市塩沢あたりの塩沢紬は、日本三大紬と呼ばれ、高級品とされている。
きゃりーぱみゅぱみゅ/ふりそでーしょん(2013年)
スカート
ザ・ピーナッツ/振り向かないで(1962年)【今ね スカート 直してるの】
小泉今日子/なんたってアイドル(1987年)【ミニスカート ひらりで】
その他の衣料
マーティ・ロビンス/ホワイトスポーツコート(1957年)
サルバトーレ・アダモ/ブルージーンと革ジャンパー(1964年)
チェウニ/黄色いシャツ(1961年)
下着
ラッツ&スター/Tシャツに口紅(1983年)
下着
レスター・フラット&アール・スクラッグス/ペチコート大作戦
とりわけ現在の日本では、ランジェリーの一種の名称となっている。スカートの滑りをよくする目的と、スカートのシルエット形成目的で使われる。(Wikipedia参照)