今さらながら思うことだが、2012年に1962年の日本という半世紀前の特集をしたが、以来行ったことがないのが心残りである。
それは、たまたまアメリカの青春映画「アメリカン・グラフィティの時代」(1973年)のキャッチフレーズが「1962年の夏、あなたはどこにいましたか」だったので触れたのであって、半世紀前の特集のつもりはなかったのだが、メモリアルとして毎年続けておけば良かった。
そういうわけで、今回は今から50年前・1965年の世相と、音楽の特集を、国内・海外と2回に分けて振り返ってみたい。
ちなみに1965年(昭和40年)は、当時16歳、高校2年生のときである。
1965年はまだ日本が高度成長期の時代にあったが、前年の東京オリンピックの熱気が冷めた後、その反動で「証券不況」と呼ばれる不況に陥り、3月に戦後最大の倒産といわれる、山陽特殊製鋼が総額540億円余りの負債をかかえ、会社更生法の適用を申請した。
それでも、大卒の初任給はまだ2万円、はがきは5円、封書の切手は10円(写真)の時代だった。
そして、韓国併合(1910年)から55年を経て、日韓基本条約が成立、6月22日、東京で調印された。 日本は韓国政府を「朝鮮における唯一の合法政府」と認め、韓国と国交を正常化した。また、「韓国併合条約」とそれ以前に結ばれた条約を「もはや無効」と宣言した。
今年はそれから50年後の節目に当たる年であるが、随分ややこしい状況になっている。記念式典も行われるのだろうが、それどころか「2015年問題」と称して、条約が破たんする危機もはらんでいるそうだ。
プロ野球は巨人がセ・リーグで2年ぶりの優勝を果たし、怒涛のV9がスタートした。パ・リーグの優勝は南海。野村克彦がプロ野球戦後初の三冠王に輝き優勝。日本リーズは4-1で巨人が優勝した。なお、この年、国鉄スワローズがフジ・サンケイグループに吸収され、サンケイ・スワロ―ズ(1966年からサンケイ・アトムズ)になった。
巷では、デザイナーの石津謙介による「アイビールック」が流行り、流行語としては、「しごき」、「スモッグ」【smog】、「ブルーフィルム」、「フィーリング」、「モーテル」などがある。
テレビ番組では、川端康成原作のNHK連続テレビ小説・たまゆら(4月5日~1966年4月2日)、スタジオ102(4月5日~1980年4月5日)、宇津井健主演のドラマ ザ・ガードマン(TBS、4月9日~1971年12月24日)、ドラマ 0011ナポレオン・ソロ (日本テレビ、6月11日~1968年2月18日)、アニメ オバケのQ太郎(TBS、8月29日~1967年)、アニメ ジャングル大帝(フジテレビ、10月6日~1966年9月28日)、夏木陽介主演のドラマ 青春とは何だ(日本テレビ、10月24日~1966年11月13日)、大橋巨泉の11PM(日本テレビ、11月8日~1990年)、ドラマ FBI(TBS、12月9日~1975年1月21日)などがこの年にスタートした。
そして、当時のテレビ(左)、ラジオ(右)の主な音楽番組は、次の通り。
テレビの音楽番組といえば、共に1961年からスタートしたNHK「夢であいましょう」と、「シャボン玉ホリデー」が思い出される。今でも放映されている長寿番組「ミュージック・フェア」は前年の1964年からスタートしている。
この時代は、まだラジオ番組をよく聴いていて、「S盤アワー」(ビクター)、「L盤アワー」(コロンビア)、「P盤アワー」(ポリドール)が中心。まだ、「オールナイト・ニッポン」は始まっていなかった。
ここで曲を。
「夢であいましょう」に、いつも「今月の歌」という、永六輔作詞・中村八大作曲のコーナーがあったが、その一つだった、北島三郎の「帰ろかな」と、後で「オールナイト・ニッポン」のテーマソングになった、ハーブ・アルパート&ティファナ・ブラスの「ビター・スウィート・サンバ」はこの年に発売された。
北島三郎/帰ろかな
ハーブ・アルパート&ティファナ・ブラス/ビター・スウィート・サンバ
ときは、東映のやくざ映画の全盛期、先の11月10日に亡くなった高倉健主演の「網走番外地」と、鶴田浩二主演の「兄弟仁義」主題曲を。
高倉健/網走番外地
島津亜矢/兄弟仁義(原曲は、北島三郎:歌)
1960年代は「御三家」という言葉がもてはやされた。なんでも3つ揃えば「御三家」とよばれ、音楽の世界では「橋幸夫」「舟木一夫」「西郷輝彦」が「元祖御三家」だった。
「青春歌謡」と呼ばれた、1965年のヒット作品。
舟木一夫/高原のお嬢さん
西郷輝彦/星娘
同じ神奈川県出身。石原裕次郎(1987年、52歳で没)は逗子、加山雄三(現在77歳)は茅ケ崎の育ち。ヨットが趣味で、ニックネームは前者が「タフガイ」、後者が「若大将」。
圧倒的に男女から愛されるのも同じだ。「二人の世界」は裕次郎が30歳、「君といつまでも」は、加山雄三が28歳のときの歌である。
石原裕次郎/二人の世界
加山雄三/君といつまでも
倍賞千恵子/さよならはダンスの後で
吉永小百合・三田明/明日は咲こう花咲こう