本論に入る前に、ちょっとした雑談を。
また、この舞台の主題歌として10月5日、10年ぶりにリリースした新曲『月夜のタンゴ』(作詞:竹内まりや、作曲・編曲:山下達郎、写真右)が10月17日付のオリコンチャートで45位初登場となった。歌手デビュー64年で初のチャートインは史上最長期間記録。85歳5カ月での初登場トップ50入りも最年長記録で、ダブル快挙だったという。
この曲を歌うと共に、タンゴも踊ろうとチャレンジをしたのだろう。凄いパワーだ。
余談だが、竹内まりやも「NHKラジオ深夜便」深夜便の歌で、「最後のタンゴ」(2008年)というタンゴの曲を歌っている。
タンゴの複雑なステップを習得することで認知症やパーキンソン病の症状が改善するという結果が出ていることから、現在は多くの国で広まっているという。
主婦として子育てを終え、長年の夢だった大学教授への道を歩みはじめようとしていた百合子(秋吉久美子)だったが、その矢先に父の修次郎(橋爪功)が認知症を患っていることがわかる。不安や介護に追われて家族はバラバラになっていくが、同じ状況の家族が集う認知症家族の会でアルゼンチンタンゴを習い始めた修次郎に変化が訪れ、そんな父の姿を見た百合子も再び夢に向かう決心をする。
閑話休題。前作では、海外から「日本人がタンゴが好きな国民」と思われた理由の一つとして、戦後、タンゴの著名な演奏家が続々と来日し、彼らが熱狂的なタンゴファンの多さを目のあたりにしたことについて述べたが、今回はもう一つの理由。
●「タンゴの女王」藤沢嵐子のアルゼンチン人気
この訪問は、レコードでしか聴くことのなかった本場のタンゴの演奏を自分たちの耳で確かめようという、いわば研修が目的だった。
そのため早川は当時専属だったラジオ東京から、専属料金3年分=360万円を前借して渡航費用に充てた。航空料金が一人83万円で、360万円で立派な家が建った時代だ。
現地では演奏したり歌ったりはしないと誓って出た旅だったが、1度だけの約束で出演した現地のライブハウスで嵐子の歌った歌が大評判になった。
遠い東洋の国から来た歌手の完璧に近いスペイン語とタンゴの情感に満ちた歌唱が、タンゴの本場の人々の心を捉えた瞬間だった。
今回は勉強会が目的と一旦は断ったが、現地の演奏家と接することは嵐子のためにもよい経験になると考え直して1ヶ月間出演することになった。
多くのブエノス・アイレス市民から強い要望により出演が決まったのは、アルゼンチン国の3大放送局の一つの「ラジオ・スプレンディド」で、同年10月中の毎週木・日曜日の午后8時30分という当地のゴールデン・タイムで、嵐子らのデビュー当日は、この放送を聴こうと、ラジオ・スプレンディッドのスタジオに押しかけた大勢のファンを整理するために、交通警察官までが動員されたほか、スタジオに入りきらない聴衆に対しては、放送局付近の道路に特設のスピーカーが設置される騒ぎとなった。
そしてこの日、嵐子は、デビューの最初の曲として、「アデュオス・パンパ・ミア(さらば草原よ)」を選曲し、続いてアルゼンチン人にとっては、日本の「ふる里」にも匹敵する懐かしい曲「ママ・ジョ・キエロ・ウン・ノヴィオ(母さん恋人がほしいの)」や「ミロンガ・トリステ」等数曲を唄い、これらを聴いた聴衆を、いやがうえにも郷愁の心境に誘ざない絶賛の拍手を受け、そして最後は、嵐子の十八番「ジーラ・ジーラ(行きつ戻りつ:街の女)」で締めたのだった。
写真は、アルゼンチンを去る前日の11月17日大統領官邸で行われた「送別の宴」でのペロン大統領と写る藤沢嵐子と刀根研二。
この曲は第2幕の始めにエビータが大統領官邸カサ・ロサダのバルコニーから群集に話しかける場面で歌われ、後悔と挑戦という壮大で感動的なテーマと結びついた圧倒するメロディーである。上記ミュージカルを基に、マドンナ、アントニオ・バンデラス主演、アラン・パーカー監督の映画『エビータ』(1996年)もつくられ、マドンナが主題歌『アルゼンチンよ泣かないで』を歌った。
スザンヌ・エレンス&アンドレ・リュウ/アルゼンチンよ泣かないで
早川真平、藤沢嵐子夫妻は、その後も通算4回に渡ってアルゼンチンを訪れた。
彼らはタンゴという音楽を通じて日本とアルゼンチンの友好を深めることに大きく寄与したといえる。
嵐子は、後日「タンゴと私」で、アルゼンチンを訪問したときの気持ちについて、「私はアルゼンチンで唄うなどとは夢にも思ってなかった。本場のタンゴを聴けるだけで満足だった」 さらに 、現地で思いがけず大歓迎を受けたのは、「私が心からタンゴを愛しているということが、現地の人々に理解されたからだろう」と、そして、現地の人々は「嵐子は、ポルテェニョ(ブエノス・アイレスっ子)の心を持っていると言ってくれました」と語ったという。
藤沢嵐子/ジーラ・ジーラ
藤沢嵐子/カミニート
生明俊雄著「タンゴと日本人」、「レコード喫茶「盤だらけ」よもやま話し」、Wikipedia参照